こんにちは プリノエです。・∀・)ノ゛
この前行った厳光庵ですが・・・
実は「悟りの窓」だけではなくて、有名な血天井もあるのです。
血天井はご存知ですか?
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの直前、徳川家康は会津の上杉景勝討伐に向かう為
留守居として鳥居元忠(1539~1600)以下2000名に
伏見城を守らせた隙に石田三成の軍勢9万が伏見城を攻撃。
鳥居元忠とその部下は三成軍を少しでも長く京に留まらせ、
会津まで援軍に行かせないようにと奮戦したが遂に力尽き、
鳥居元忠ら380名以上が自刃(元忠は討ち死にとの説も有)。
鳥居元忠達の遺骸は関ヶ原の戦いが終わるまで約2ヶ月もの間、伏見城に放置され
その血痕や顔や鎧のあとが縁側の板に染み付き、いくら拭いても洗っても落ちなくなった。
そこで、縁側からその板を外し、供養のため寺に移した。
その際に床を、足で踏む床板にしては供養にならないからと、
天井にして手厚く供養しているものがいわゆる「血天井」として京都各地に今も残しているのが
血天井の由来です。
画像の真ん中に足跡が写ってます。見えにくいですが・・・
なんだか自分の生まれる前に本当にこのような歴史があったのだなぁと、なんとも言えない気分で見入ってしまいました。

バンクンメイASHIYA 門戸厄神店 プリノエ








